リンゼイ「信仰の術語としてのπιστ- 語群の起源と発展」

Lindsay, D. R., The roots and development of the πιστ- word group as faith terminology, New testament text and language, A Sheffield reader, Stanley E. Porter and Craig A. Evans ed., 1997, pp. 176-190.

 πιστ- 語群の宗教的な用法の起源を探ることは、新約聖書に対する旧約聖書とヘレニズム期のユダヤ教の影響の範囲に関する問題の解明に繋がる。新約と旧約の信仰概念は全く別物だとする意見もあるが(ブーバー)、七十人訳においてヘブライ語のエメトやエムナーという名詞にπιστ- 語群が訳語に使われたことでπιστ- 語群が宗教的な信仰を意味するようになったという意見もある(リューマン)。しかし、七十人訳がそれまで宗教用語と見なされてなかったπιστ- 語群をなぜ√אמן語の訳語に用いたか疑問が残る。この論文では、古典期とヘレニズム期のギリシャ語でπιστ- 語群が宗教用語としてどう生じ、発展したかを追究している。
 古典ギリシャ語では、名詞πιστιςはほぼ非宗教的用語である。筆者は動詞πιστευεινが宗教的文脈にある点に、この動詞が神学用語として使われる最重要の発展が明らかになっていると考える。前4〜6世紀の古典を検討する中でνομιζειν θεους ειναιという表現との違いが問題となるが、クセノフォンに両者が同時に使われている一節があることから、既に動詞πιστευεινに宗教的な意味合いが付け加えられ始めていると考える。
 七十人訳では、πιστ- 語群は√אמן語の訳語として用いられており、√אמן語がπιστ- 語群の発展に大きく寄与した。√אמן語の意味からπιστ- 語群の持つ意味範囲が拡大したのである。
 ヘレニズム期のギリシャ語では、πιστ- 語群は旧約やヘレニズム期のユダヤ教、新約の伝統の内外でますます信仰の専門用語として発展した。中でも、ルキアヌスやポルフュリウスに見られるように動詞πιστευεινがνομιζεινの同義語として用いられるようになったことが注目される。両者が古典期では意味と強調点において異なっていたことは重要である。
 結論の第一点。動詞πιστευεινは古典ギリシャ語において既に神々への信仰を指し得た。第二点。七十人訳の訳者は√אמן語に代表される旧約の信仰の術語を常にπιστ- 語で訳した。第三点。七十人訳の訳者は√אמן語の観点からπιστ- 語群を解釈したのであって、その逆ではない。七十人訳が、πιστ- 語群が信仰の術語として用いられるようになる重大な発展を代表しているのである。

注)「アレフ・メム・ヌン」は本来はヘブライ文字(さすがにヘブライ文字は出せないですよね?>よこたさん)>よこたさんに教えていただいてヘブライ文字での表記に修正しました。