受難物語の起源

isbn:4764280531

受難物語の起源
エチエンヌ・トロクメ 加藤 隆

教文館
1998-07-10
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 1980年の春にイギリスで英語によって行われた連続講演のテキストに手を入れたもの。
 膨大な量の研究が存在する受難物語について、それが複数存在することから生じる諸問題への一つの説明を示唆することを目的に書かれたものである。論は実に明解。第一部で四つの受難物語について検討し、第二部でオリジナルの受難物語を追究する。
 四つの受難物語のうち、最初に取り上げられるのは最古の福音書とみなされているマルコ福音書の受難物語である。トロクメ、マルコの受難物語、と言えば、かの有名なトロクメ仮説がある。この仮説はLa Formation de l'Evangile selon Marc, Paris, 1963の第4章で展開されているらしいが、邦訳はないので田川建三『原始キリスト教史の一断面』338頁以下による。それによれば、本書においてもトロクメの意見は変わっていない。1〜13章が原本マルコであり、受難物語はイエスの死の日を記念する礼拝ないし祭典に用いられた物語、あるいは式文だ、というのである。受難物語が式文だ、というのは第二部の結論で、第一部では受難物語が13章までと連続しないことが主張される。
 マタイの受難物語はマルコのものをベースにしているので、受難物語の起源を探るにはマタイよりもマルコが重要となる。
 ルカはマタイと違ってマルコをベースにしていない。このことがトロクメ仮説の根拠の一つでもある。しかし、全体的な骨組みは同一なので、これを理解するために、マルコとルカの用いたそれぞれの伝承はいずれも一つの原型に由来する、と説明する。
 ヨハネの場合も、共観福音書のものとは違った受難物語の伝承を利用しているが、同じ原型に由来しているとする。
 そこで、この原型がどのようなものであったかを探るのが第二部である。そこではまず、受難物語が単なる事実の記録ではないこと、ミドラッシュでもないこと、ケリュグマを敷衍したものでもないことが確認され、三つの受難物語の比較からオリジナルの受難物語に含まれていたであろう要素がリストアップされ、「生活の座」がキリストの死の記念の儀式であることが確認された後に、この儀式の際に語られた物語がオリジナルの受難物語だったのだと結論される。
 原型を持ち出すことで説明してしまっていいのかといった細部については、自分で各福音書の受難物語を比較してみなければ何ともいえないが、本書における論の展開だけからいえば、実に説得力がある。今後の授業で受難物語が扱われる際に参照していきたい一冊である。